吉永 みち子さん よしながみちこ。1950年、埼玉県生まれ。東京外国語大学インドネシア語学科卒業。競馬専門誌『勝馬』の記者、夕刊紙『日刊ゲンダイ』の記者を経て作家に。1985年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著書はほかに『母と娘の40年戦争』『麻婆豆腐の女房』『性同一性障害』『変な子と呼ばれて』など多数。テレビ番組のコメンテーターや、郵政行政審議会、地方分権改革推進会議などの委員を歴任。
団塊世代の定年退職は、入口も出口も狭いところを必死でくぐり抜けてきたその世代が迎える、最後の出口。ただし、今度ばかりは出口の先が広くて、みんないっせいに吐き出されてしまいます。さあ、ここから先はご自由に、って。そう言われても、どこへ向かえばいいのか右往左往。この世代は、目標に向かっていくエネルギーはすごいけれど、その目標物が見当たらないのですから、エネルギーの持っていきようがない。せかされるように、楽しくて、有意義な、なにかを探さなくては、とあせってみても、すぐにはみつかるわけがない。だって、これまで一心不乱に仕事してきて、それ以外の生活なんてシミュレーションできない。妻のほうだって、夫と毎日一緒の生活なんて想像もつかないはずです。
だったら、ちょっと休んでもいいんじゃない? 退職してみないと実感できないこともあるはず。退職前にその先を考えておく、という考え方もあるけれど、退職したあとまで快速電車を乗り継ぐような身の振り方をしなくたっていいんじゃないかな。まず今は、最後の瞬間までしっかりと勤め上げましょうよ。その後の人生は、それから落ち着いてじっくり考えましょう。右肩あがりに成長する社会で、自分が生み出してきたもの、得たもの、たくさんあるはずです。そして、それと同じくらい、なくしたものもあることでしょう。それらをしっかり見つめなおすことが大事。半年かかっても、1年かかってもいいじゃないですか。じっくり考えて、自分の生きる道が決まったら、そのためにお金と時間を使うのが賢明だと思います。
たとえば、60歳を前に私がしようと思っているのは身辺整理。なにしろ、いっぱい担いで走ってきましたから。まずは、ものの整理ですね。これが思ったよりもたいへん。本でも、服でも、何回もふるいにかけて、やっといくらか捨てられる。自分の歩いてきた道を振り返りながら整理をして、振り返った視線のままで大事なものを残していくんです。最後には、どうしても捨てられないものだけが残るはず。それがほんとうに大事なもの。大事なものがわかったら、自分がほんとうにやりたいこと、やり残してしまったことがみえてくると思います。
年をとれば、身体は衰えます。自然の摂理ですが、これを素直に認めるのが、また難しい。もともと団塊世代って回遊魚みたいに泳ぎ続けていないと不安になるタイプが多いようですね。筋力トレーニングだけでは気がすまなくて、最近は脳もトレーニング。いつまでも元気で、はつらつと、アクティヴで、と思う気持ちが強いんです。しかし確実に老いはやってくる。しだいに体力がなくなって、動けなくなっていくでしょう。それでもなお、私はひょうひょうとしていたい。しわしわになっても、ヨボヨボになっても、心は平安でいたい。だから、自分の前に老いがつきつけられたときにうろたえないように、精神を鍛えておこうと思っています。私が40代のころに思い描いていた老いのイメージは、50歳をこえてずいぶん変化しました。定年後にもまだまだ、数十年の人生が待っているのです。その間に起きる変化は、それまでの変化よりもしんどいかもしれません。もっとも人間としての強さが求められる時期なんだと思います。